65歳を過ぎて中小企業診断士に。
「自分の強みがわからなかった」エンジニアが、カーボンニュートラル支援の第一人者になるまで
大手エンジニアリング会社でプラント建設に携わった後、66歳で中小企業診断士資格を取得。現在は北海道を拠点に、カーボンニュートラル支援の第一人者として活躍する石田克己さんに、独立後の歩みと対話の力について伺いました。

PROFILE
石田 克己さん
大手エンジニアリング会社にて、プロセスエンジニア、エンジニアリングマネージャー、プロジェクトマネージャーを歴任。プラントの基本設計からプロジェクト全体の統括までを担う。在職中の60代で中小企業診断士に合格し、退職後に独立。北海道へ移住し、中小企業のカーボンニュートラル支援、SDGs関連支援、製造業の新規プロジェクト立ち上げ支援などに従事している。
「資格は取った。でも、自分に何が売れるのかわからない」――独立を考える中小企業診断士の多くが、この壁の前で足を止めます。
今回お話を伺った石田さんは、大手エンジニアリング会社でプラント建設に携わった後、66歳で中小企業診断士資格を取得。現在は北海道を拠点に、カーボンニュートラル支援の第一人者として活躍されています。
理系一筋のキャリアから、どうやって自分の強みを見出したのか。そして、専門知識だけでは越えられなかった壁を、どんな「対話の力」で乗り越えてきたのか。独立後のリアルな歩みを、経営伴走トレーニング講師の森が伺いました。
この記事で分かること
- 専門経験を「強み」として再発見する視点
- 答えを持っていない場面で、対話が支援に効く理由
- 独立診断士が継続支援につなげるための関わり方
65歳での挑戦――「知らないことばかりだから、面白かった」
森
まずは簡単に、会社員時代のご経歴から教えていただけますか。
石田
はい。私は大手のエンジニアリング会社にいまして、最初はプロセスエンジニアという、プラントの基本設計をやっていました。プラントというのは工場のことですね。石油精製やガス生成の工場をつくる会社です。
その後、エンジニアたちの設計をすべてまとめるエンジニアリングマネジメントを担当し、最後はプロジェクトマネージャーとして、プロジェクト全体をまとめる仕事をしてきました。新入社員から定年まで、ずっとその道です。
森
プロジェクトの規模というのは、どれくらいだったのでしょう。
石田
うちはプロジェクト制の会社で、プロジェクトが立ち上がると、各部署から人が集まってチームをつくる。大きなものだと何百人、小さくても何十人の規模で動きます。
期間が区切られていて、目的のために人が集まる。そういう意味では、コンサルティング会社のプロジェクトの動き方に近いかもしれませんね。
森
当時のマネジメントスタイルは、どんな感じでしたか。
石田
自分でも言うのも難しいんですけど(笑)、あまりグイグイ引っ張っていくタイプではなかったですね。いろんな部署から人が集まってくるので、その人たちが仕事をしやすいように、ということをいつも頭に置いていました。
自分が先頭で旗を振るというよりは、場を整える側でしたね。
森
お忙しい中で、なぜ中小企業診断士を取ろうと思われたんですか。
石田
取ったのは、実は5年前なんです。65歳を過ぎてからですね。会社に診断士が何人かいて、資格を紹介する講座があったんです。それを見て「面白そうだな」と。
私は理系でしたから、経営も経済も財務も、知らないことばかりだったんですね。だから最初は自己啓発のつもりでした。「会社人生の最後に、自分の知らない世界を知っておこうかな」と、その程度の気持ちで始めたんです。
森
合格率を考えると、相当な挑戦だったのではないですか。
石田
中小企業診断士は、一次・二次を合わせて全体で4%ほどと言われますが、60代になると1%程度なんですね。娘には「そんな無謀なことはやめなさい」と止められました。
獣医師をやっている娘から見ると、1%なんて無理だ、と。でも、止められると余計に意地になりまして(笑)。記憶力が落ちているのは自分でも痛感していたので、いろんな記憶術を駆使して、なんとか合格できました。
大変でしたが、知らないことを学ぶのは、本当に面白かったですね。
「自分は一体、何が得意なんだろう」――独立前の戸惑い
森
資格を取られた後、すぐに「これで独立しよう」と思えたのでしょうか。
石田
いえ、それが――独立を意識したきっかけは、家庭の事情だったんです。娘夫婦が北海道で獣医師をやっていて、そこへ我々夫婦で移り住もうという話になった。妻は調理師の免許を持っていて、長年の夢だったカフェをやりたいと。
それで家を建て替えてカフェを始めることになったんですが、ふと気づいたんです。「あれ、自分だけやることがないな」と。妻も娘夫婦も忙しい。一人だけ暇人になってしまう。それはまずいぞ、と。
「せっかく診断士を取ったんだから、これでコンサルでもやれたらいいな」と思ったのが、独立への入り口でした。
森
ただ、いざ独立となると、ご自身の「強み」について悩まれたのではないですか。多くの診断士の方が、ここでつまずきます。
石田
そうなんです。正直に言うと、最初は自分が一体何が得意なのか、まったくわからなかったんですね。
エンジニアリング会社で海外の仕事をやっていたから「海外関係かな」とも思いましたが、技術系の経験なんて、診断士になっても使えないだろうな、と思い込んでいました。経営支援の世界で、自分に何が提供できるのか。その像がまるで描けなかったんです。
森
その状態から、どうやって突破口を見つけられたのでしょう。
石田
これも、たまたまだったんです。移り住もうと思っていた北海道で、カーボンニュートラルの支援ができる人を募集している、という話が舞い込んできました。そこで応募してみたら、通ったんですね。
森
カーボンニュートラルというのは、まさに今需要のある領域ですよね。
石田
そうなんです。あとから気づいたのですが、技術系やエンジニア出身で診断士の資格を持っている人というのは、本当に少ないんですよね。特に地方には。
私が始めたころ、北海道でカーボンニュートラルの相談を受けられる診断士は、誰もいませんでした。私が第1号だったんです。診断士には金融や財務出身の方が多くて、理系・エンジニア系というのは希少なんですね。
強みは「肩書き」ではなく、その下に眠っていた
森
ここがすごく大事なところだと思っていて。プラントエンジニアの経験が、なぜカーボンニュートラル支援につながったのでしょう。
石田
最初は私も、つながるとは思っていなかったんです。でも、自分の仕事の中身を一段ほぐして考えてみると、見えてきたものがありました。
ひとつは「省エネ」です。プロセスエンジニアとしてプラントの基本設計をしていたころ、私はいつも省エネの検討をしていたんですね。どのくらいエネルギーを使うか、二酸化炭素をどれだけ出すか。そういう計算を、毎日のようにやっていた。
文系の方は、CO2のトンやキロカロリー、ジュールといった単位が出てくると、ピンとこないとおっしゃいます。でも私にとっては、ずっと馴染んできた世界なんです。二酸化炭素の排出量を計算するというのは、カーボンニュートラルの出発点ですから、ここに違和感がない。これは大きかったですね。
森
もうひとつは。
石田
プロジェクトマネジメントの経験です。エンジニアリングのプロジェクトは、コスト・スケジュール・品質を守るために、何ヶ月、何年にもわたる工程を管理します。
お客様を数ヶ月、ときには長期にわたって支援するとき、「では、この先10年はこういうスケジュールでいきましょう」とロードマップを描いてあげられる。これも、そのまま活きました。
森
面白いですね。「省エネ」と「長期のスケジュール管理」。この二つは、プラントエンジニアという肩書きを外した、石田さんの根っこのところにあるコアスキルだったわけですね。
石田
おっしゃる通りで、これは私のコアスキルだったんです。「プラントエンジニア」という肩書きで自分を見ているうちは、何も見えてこなかった。でも、根っこまで掘り下げると、それがそのままカーボンニュートラル支援にすっぽりはまった。
自分では「特別なことをしてきた」つもりはまったくなかったんですが、当たり前にやってきたことの中にこそ、人に求められるものが眠っていたんですね。
森
診断士の方の多くが「自分には強みがない」とおっしゃいます。でも本当は、強みがないのではなく、ご自身の経験を抽象化して言葉にできていないだけなのかもしれません。
石田
そう思います。たまたま需要のあったトピックに重ねただけで、根っこは一緒なんです。だから、新しい工場をつくりたいという会社さんがあれば、そこも支援できる。エンジニアリング会社で工場のつくり方を知っていますから。「北海道で工場づくりを支援できる人がいない」と、担当の方から声がかかったこともありました。
「自分が答えを持っていない」ときこそ、対話が効いた
森
石田さんは、専門知識という「右手」だけでなく、対話という「左手」も大事にされている印象があります。石田さんにとって、対話やコーチングはどのように活かされていますか。
石田
私は診断士に合格した後、森さんからコーチングを学びました。もともと、すぐにアドバイスをしたがる性分なんです。「こうした方がいいですよ」と助言するのが自分の役目だと思い込んでいた。それが診断士の仕事だ、と。
でも、コーチングを学んで、相手から引き出すことの大切さを知ったんです。
森
それが実際の支援で活きた、印象的な場面はありますか。
石田
ある自動車ディーラーさんの支援に入ったときのことです。製造業なら勝手がわかるんですが、ディーラーのカーボンニュートラルというのは、最初まったくイメージが湧きませんでした。
製造業ならコンプレッサーや冷凍機から攻めればいいとわかる。でもディーラーは大きなビルで、窓も大きくて、何から手をつけたらいいのか見当もつかなかった。
森
そこから、どう進めたのでしょう。
石田
まず、自分で毎月の二酸化炭素排出量を計算しました。すると妙なことに気づいたんです。冬になると、ガソリンの消費量が1.5倍ほどに跳ね上がる。「なぜだろう」と。
スノータイヤで燃費が1〜2割落ちるのはわかりますが、それにしても増えすぎなんですね。正直、私にもわからなかった。
森
昔の石田さんなら、どうされていましたか。
石田
「カーボンニュートラルのプロなんだから、自分が答えを出さなきゃいけない」と気負っていたと思います。でも、このときは違いました。
データをお見せして、皆さんと一緒に「どうしてだろう」と話し合ったんです。社長がラリー好きだから、なんて冗談も出ながら(笑)。そうしたら、専務さんが気づいてくれたんです。「ひょっとして、毎朝の暖機運転じゃないか」と。
森
暖機運転、ですか。
石田
北海道の方は、寒いのが苦手なんですね。試乗車やレンタカーを100台近く持っていて、毎朝1時間ほど暖機運転をしていた。それが原因でした。
「では、最初の5分か10分にしましょう」と提案したら、冬場のガソリン消費が夏場並みに戻ったんです。これは、私一人では絶対に気づけなかった。
自分の知らない世界でこそ、相手に質問して、相手の中にある答えを引き出す。「こういうやり方があるのか」と、はっきりわかった瞬間でした。
森
知識で押すのではなく、問いで引き出す。
石田
そうですね。信頼関係を築いて、よく話を聴いて、こちらが得たい情報を質問していく。その後、相手から答えを引き出す。
工場を一緒に歩きながら「ここ、熱が逃げていてもったいないですよね。どうしたらいいでしょう」と問いかけると、現場で働く作業員の方からアイデアが出てくるんです。
最初は社員さんから何も出なかったのに、各支店を回って「どんな小さなことでもいいですよ」と声をかけ続けたら、何十ものアイデアが出てきました。私が引っ張るのではなく、相手が自分で動き出す。その「場」をつくれたとき、支援は驚くほどうまくいきました。
「やったことはありません。でも、一緒にやりましょう」
森
支援が4回の無料相談で終わらず、その先の有料の伴走支援につながっていく。これはなかなか難しいことだと思うのですが、秘訣はどこにあるのでしょう。
石田
私がいつも大事にしているのは、最初の段階で「お客様がどうなりたいか」をしっかり握ることなんです。
先ほどのディーラーさんは、最初は「何から手をつけていいかわからない」という状態でした。そういうときは、まず二酸化炭素の排出量を出してお見せして、目標を立てて、「省エネをやれば必ずコストダウンになりますよ」とお伝えする。
最初は必ずお客様のためになるところから始める。すると「8ヶ月、一緒にやってください」と言っていただけた。実際、年間で数百万円コストが下がって、社員に還元できると、とても喜ばれました。
森
もう一社のケースは、また違ったのでしょうか。
石田氏
ええ。ある製造業の社長さんは、最初からSBT認定を取りたいという明確な目標を持っていました。SBTというのは、科学的根拠に基づく排出削減目標の認定で、中小企業ではほとんど例がない、難しい取り組みです。
森
石田さんご自身は、SBT認定の支援をされた経験はあったのですか。
石田
いえ、まったくなかったんです。だから、正直にお伝えしました。「私も認定支援をやったことはありません。でも、一緒にやりましょう」と。
英語での申請も二人三脚で進めて、数ヶ月かけて、一発で通りました。おそらく、その市の中小企業では初めての認定だったと思います。社長さんは「うちが地域で一番乗りだ」と、それは喜んでくれました。
森
「やったことはないけれど、一緒にやりましょう」と言える。これは、完璧な専門知識を持っていることとは別の強さですよね。
石田
そう思います。完璧な専門家でなくても、いいんです。「一緒にやりましょう」と隣に立てること。長い目標を共有して、一緒に走れること。それが、社長さんの信頼につながっていく。
SBTの認定が取れたら、すぐにホームページにロゴを出しましょうとお伝えしました。外部に認めてもらうことで、社員のプライドも上がるし、取引先からも問い合わせが来る。お客様自身が、また宣伝してくださるようになるんですね。
これから独立を考える診断士へ
森
最後に、これから独立を考えている診断士の方々へ、メッセージをいただけますか。
石田
私が独立したのは、65歳を過ぎてからでした。経営のことは何も知らず、自分に何が売れるのかもわからなかった。営業の経験もありません。
それでも今は、社長さんから「一緒にやってほしい」と声をかけていただける毎日があります。コストが下がってお客様に喜ばれ、地域の役にも立てている。会社員時代には味わえなかった手応えです。
特別な人脈があったわけでも、華々しい実績があったわけでもありません。あったのは、肩書きの下に眠っていた「根っこの強み」と、自分が答えを持たないときに相手から引き出す、対話の力だけでした。
コーチングの技術は、本当にあらゆる分野で通用します。これからも、得意なカーボンニュートラルに限らず、いろんな分野に挑戦していきたいと思っています。
森
「自分には何もない」と感じている方ほど、まだ言葉にできていない強みを抱えている、ということですね。本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
石田
こちらこそ、ありがとうございました。

編集後記
あなたの「根っこの強み」を、一緒に見つけませんか
石田氏が歩んだのは、「専門知識」と「対話の力」を組み合わせる道でした。
エンジニアとしての経験を抽象化して「省エネ」「スケジュール管理」という根っこの強みを見出し、それを入口に信頼を築く。そして、自分が答えを持たない場面では、コーチングの技術で相手から答えを引き出し、社長自身が動き出す「場」をつくる。
この両輪が、継続支援や紹介につながっていきました。
「自分には何もない」と思っていた人ほど、実は語られていない強みを抱えています。けれど、それを一人で探そうとすると、なかなか見えてこないものです。
あなたも一歩を踏み出してみませんか
経営伴走トレーニングジムでは、対話を通じて相手の自発性を引き出す支援を実践的に学びます。
実践とフィードバックを重ねながら、支援者としての関わり方を磨いていきます。