「その事業を、好きになれるか」
M&Aに挑む診断士がたどり着いた、支援の原点

金融営業に12年打ち込み、燃え尽きた。勤め先はなくなり、大抜擢された先で、人生で一番苦しい時間を過ごした。
40歳での転身、父の突然の死、そして独立。回り道の末に小林さんがたどり着いたのは、M&Aという仕事だった。
売上3000万円の山小屋を、1億5000万円に成長させるM&Aを実現した小林さん。その支援の根っこにある、たった一つのシンプルな信念を聞いた。
PROFILE
小林剛さん
中小企業診断士。金融営業、経営企画、会計事務所での経営支援、M&A支援会社での実務を経て独立。現在は中小企業のM&A支援を中心に、事業承継や成長支援に携わっている。
憧れの食品会社から、金融営業の世界へ
-小林さんの社会人としてのスタートは、どんなところから始まったんですか。
もともと大学で食品の流通を専攻していたので、食品会社に入りたかったんです。実家の近くに有名な企業理念を掲げた食品メーカーがあって、昔から憧れていました。就職活動で受けてはみたんですが、私の専攻では採ってもらえなくて。
他にも食品関係をたくさん受けたんですが、どこも仕事は大変で給料は安い。就活をする中で「どうせなら給料の高いところがいい」と思うようになって、最終的に金融の会社に入りました。高額商品を分割払いで買うときの、いわゆる個品割賦の営業です。自動車屋さんや呉服屋さんなど、中小企業を回る営業から社会人人生が始まりました。振り返ると、中小企業の方々との接点は、社会人スタートの時点からでしたね。
-その金融営業の12年間を振り返ると、どんな12年間でしたか。
仕事はものすごく好きで、かなりエネルギーをかけてやっていました。ところが、金融規制が強まって「積極的に営業するな」という流れになってしまった。あれだけ打ち込んでいた仕事に打ち込めなくなって、やる気がごっそり削がれてしまったんです。
正直に言うと、その時期は会社の仲間とパチンコ屋に入り浸ったりしていました。みんな一様にやる気を失って、荒んでいたんですよね。そうこうするうちに、会社自体がなくなることになって。親会社の本社に移ることになりました。
「一番の大抜擢」が、一番苦しかった
-パチンコに入り浸る小林さんが全く想像つかないです!小林さんにも、そんな時代もあったんですね。本社に移られてからは、どんな展開だったんですか。
経営企画の仕事をやらせてもらいました。外様で入ったにもかかわらず、提案した企画がうまくいって、同期の中で一番早く課長になったり、経営幹部の育成プログラムに選ばれたりして。評価はされていたように見えたと思います。でも、実はそこが一番苦しかった時期なんです。
-会社からの期待を込めた大抜擢が、かえって辛かったんですね。
外から来た人間が、生え抜きの先輩たちもいる中で、よくわかっていないのに課長になってしまった。周囲からの、「ちゃんとやってくださいよ」という無言のプレッシャーを、ものすごく感じました。直属の上司が、やはり仕事のできる方で、「お前もっと出来るだろ」という彼の期待にもうまく応えられない。
自分が望んで出世したわけでもないのに、毎日毎日が辛かった。収入は増えたけれど、会社人生としては本当に苦しい時間でしたね。
40歳、事業再生の縁で、会計事務所へ
-その苦しい状況から、どうやって次の一歩を踏み出したんですか。
以前に中小企業診断士の資格を取っていたことが、大きかったです。中小企業診断士の資格取得のきっかけは、なくなった前の会社にいた頃、金融の引き締めで、目の前で取引先の中小企業が何社も倒産していくのを見たことでした。倒産する会社を救いたい、という、今思えばおこがましい気持ちがあったんです。
それで中小企業診断士の事業再生研究会にずっと関わっていて、そこで出会った会計事務所の先生が、新しい分野に挑戦する専任スタッフを中小企業診断士から募集していた。40歳という節目でもあったので、相当な勇気を振り絞って、そこに移る決断をしました。
-安定した会社を離れることへの不安も、大きかったのでは。
はい、不安ばかりでした。収入も下がりましたし。でも、その不安以上に、会社の中でずっと抱えていたモヤモヤの方が大きかったんだと思います。
転職してからは、本当に大変でした。会計事務所の付加サービスとして、お客様に経営計画づくりを提案していく仕事だったんですが、集客がなかなか思うようにいかない。土日もほとんど休みがなく、休んでも気持ちが落ち着かない。会計の奥深さを学べた貴重な時間ではあったんですが、どれだけ働いても収入が増えず、2年ほどで一度離れることにしました。
「本気で中小企業を支援する」M&Aとの出会い
-M&Aとは、どのように出会ったんですか。
会計事務所にいた頃、顧問先同士をマッチングさせる案件に初めて関わったんです。結果はうまくいかなかったんですが、これは面白い仕事だなと。ただ当時は「M&Aは一部のエリートしかできない」とよく言われていて、自分には難しいだろうと思っていました。
それでも関わりたい気持ちが強くて、M&Aの会社に転職しました。大きな仲介会社とは違って、自社の顧客である中小企業を成長させ、存続させることをテーマにした会社でした。手数料にこだわるより、お客様を支援することがベースにある。そのスタンスに共感して、飛び込みました。
-その会社では、どんなところにやりがいを感じていましたか。
いろいろな会社のビジネスモデルや課題、時には家族の問題まで聞きながら、深く関わっていける。金融営業でモヤモヤする前、中小企業の方に関わっていた頃の楽しさを思い出したんです。ああ、自分はこうやって人と関わることに、やりがいを感じていたんだなと。
父の死が、独立の背中を押した
-7年勤めたその会社から、いよいよ独立を決意したきっかけは何だったんですか。
会社が途中からM&Aの手数料を倍に上げる方針になって、それに強く反対したりする中で、モヤモヤを抱えていました。M&A部門でも早々に課長になって「部下を見ろ」という話になり、昔の嫌な記憶がフラッシュバックしてしまったことも一因でした。
そんな時に、父が亡くなったんです。昨日まで元気だったのに、事故で突然。人はこんなにあっけなく死ぬんだ、人生は一度きりだと、強く感じました。一方で、私から見た父は好きなことをやって、後悔なく逝ったんだろうなと思えたことも大きかった。それで、自分もやってみようと、独立を決めました。
-そんなターニングポイントがあったんですね。とはいえ、独立にあたって、算段のようなものはあったんですか。
大手が扱えない規模感の中小企業をお客様として自分で支援すれば、これくらいはやれるな、という事業計画上の算段はありました。実際、当初イメージしていた売上のライン通りに進んで、途中から「もう少し頑張ってみよう」という気持ちが湧いて、想定以上のところまでいきました。M&Aは決まるか決まらないかの世界なので、不安定なことは不安定なんですけどね。
何もないところで持った接点が、生きてくる
-独立を目指す皆さんが気になる所だと思うのですが、独立後の顧客開拓は、どのように進めていったんですか。
最初はゼロからです。一度ちゃんと営業をやってみたい気持ちもあって、DMを撒いたり、問い合わせフォームから連絡したり、お金も時間もかけたんです。しかし、まったくと言っていいほど繋がりませんでした。「中小企業診断士です」という切り口で、「中小企業支援」を売り出せば、競合他社と差別化できると思ったんですが、そもそもDMの中身を見てもらえないんだな、と痛感しましたね。
結局、案件をいただけたのは、昔からの関係性からでした。経営者の友人や、事業再生研究会でご一緒した弁護士・税理士の先生方が、M&Aの相談を持ちかけてくれたんです。
-その事業再生研究会では、どんな立場で、どんなことを心がけて関わっていたんですか。
当時は企業内診断士だったので、前に出るというより、運営スタッフを一生懸命やっていました。それを続けていたら運営スタッフのリーダーになって、結局10年ほど続けたんです。いろいろな方と顔見知りになり、名前や顔を覚えてもらえた。
その頃は仕事になる話なんて全くなかったんですが、何もないところで持った接点が、独立してから生きてきた。業界も狭いので、回り回って紹介された士業の先生が、実は研究会で会ったことのある方だった、なんてこともしょっちゅうあります。
押しすぎず、原点に立ち返る
-M&Aは、自分が決めたい、手数料が欲しいという気持ちが働きそうな世界だと思います。ついつい、自分の利益が頭をよぎってしまいそうですが、小林さんが大事にしていることは、どんなことですか。
お客様に選択肢を出して、誘導せず、その中から自分で決めてもらうことです。納得感が何より大事で。こちらが押している感、営業感を出すと、うまくいかない。「この人はお金儲けのためにやっているな」と思われると、後々まで引きずってしまうんです。
もう一つは、お客様がブレてきたら、原点に立ち返ること。最初にしっかりM&Aの目的を深堀質問して、確認して、その後の打ち合わせでも何回かに一度は、「そもそもの目的は何でしたか」と確認しながら話を進めます。放っておくと、お互いにブレていってしまいますから。
-何が正解かわからない、難しい局面も多いと思います。そういう時は、どう向き合っているんですか。
仲介の仕事は、売り手と買い手のどちらの側に立つか、本当に難しい瞬間があります。正解がわからない時でも、自信のなさそうな素振りだけは出さないようにしています。こちらが迷っていると、相手も迷ってしまうので。言葉に出さなくても、当然だという素振りでいる。昔の自分は、つい自信のなさを出してしまっていたので、そこは意識して変えたところですね。
売上3000万円の山小屋を、1億5000万円に
-これまでのM&Aのお仕事で、特に思い出深いエピソードを聞かせてください。
70年続いていた、ある山小屋のM&Aですね。「どこに相談しても、山小屋のM&Aなんて誰も扱ってくれない」というご相談がスタートでした。でも、私は山が好きだったので「やらせてください」と即答したんです。苦労して2年ほどかかりましたが、無事に成約できました。
もともと売上3000万円ほどの山小屋だったんですが、新しい方に引き継がれてから、単価を上げたりサービスを拡充したり、経営改善を施して、直近では売上1億5000万円ほどになっています。70年続いた会社が、残るだけでなく成長発展していく。売り手さんもすごく喜んでくれて、買い手さんも今でも感謝してくれる。存続だけでなく、成長するM&Aができた、本当にいい事例でした。
-その案件で垣間見えた、小林さんらしさは、どんなところにあったと思いますか。
皆さんから言われるのは、粘り強さですね。難しそうな案件は途中で放置されて薄くなりがちなんですが、私はとにかく続ける。いろいろな方に提案し続ける。すると、違う角度からその会社の魅力に気づき、伝えられる瞬間が来るんです。コーチングの受ける側(話し手側)の効果ですね。話すことで思考が巡って、気づきやひらめきが生まれる感じです。
あともう一つ、これは改めて気づいたことなんですが——私、山小屋が本当に好きで、何度も足を運んでいたんです。売り手さんから「山小屋への愛が伝わってくる」と言っていただいたことがあって。お客様の事業を理解して、好きになること。それが何より大切なんだと、今、森さん(質問者)に話しながら思い出しました。
「その事業を、好きになれるか」
-「お客様の事業を好きになる」というのは、とても本質的な言葉ですね。
事業も財務も、そこで働く方も理解しないまま、M&Aを提案している会社は多いと思うんです。でも診断士って、会社を見たり、ビジネスモデルを分析したりするのが、みんな好きじゃないですか。だからお客様をしっかり見て、深く理解することが、そのまま差別化になるし、いいM&Aにつながる。その事業を好きになれるかどうかは、すごく大切だと思うんです。
だから最初に、正直に「私、面倒臭いですよ」とお伝えするんです。あなたの会社をちゃんと理解しないと、相手に伝えられないから、資料もたくさん頂きたいと。ただ、山小屋の時は、顧客数も売上も、現地の黒板に書いてある。手元にはない。山に登って現地まで見に行かないとわからないと言われたんです。その面倒臭さを、いとわずやる。そこが自分らしさかもしれません。
独立を目指す診断士へ
-これから独立を目指す診断士や受験生に、どんなことを伝えたいですか。
後継者がいなくて困っている中小企業は、本当にたくさんあります。売上1億円規模の会社は、大手のM&A会社ではビジネスとして相手にされにくい。でも、そこには大きなマーケットが空いていて、プレイヤーが足りていないんです。事業を分析するのが好きな診断士には、そもそも向いている仕事だと思います。
ただ、営業や、泥臭くやり切る力は必要です。その泥臭さを受け入れられるなら、非常に向いている。独立しても、なんとかなります。自分の事務所経営を成功させることが、そのままお客様へのコンサルティングにも生きてくるはずですから。ぜひ一緒に、仕事ができたら嬉しいですね。
編集後記
金融営業での燃え尽き、大抜擢の苦しさ、会計事務所での激務、そして父の死。小林さんの歩みは、平坦とは程遠い回り道の連続だった。
だが、その回り道のすべてが、今のスタイルに繋がっている。倒産する中小企業を救いたいという原点、企業内診断士として10年続けた運営スタッフの縁、そして「お客様の事業を好きになる」という信念。どれも、目先の効率では測れないものばかりだ。
「面倒くさいですよ」と正直に伝え、現場の黒板まで見に行く。その手間を惜しまない姿勢こそが、山小屋を70年の歴史の先へと導いた。小林さんの言葉は、M&Aという一見ドライな世界の奥にも、伴走支援の本質が息づいていることを教えてくれる。
経営伴走支援スキルを身につけたい方へ
小林さんが語る「お客様の事業を理解して、好きになる」「押しすぎず、原点に立ち返る」という姿勢。これらは、M&Aに限らず、あらゆる経営支援に通じる伴走の核心です。
知識やスキルを提供するだけでは、経営者は動きません。相手の事業に本気で関心を寄せ、納得感を大切にしながら一緒に歩む「あり方」こそが、長く頼られる専門家をつくります。
経営伴走トレーニングジムでは、小林さんのような「経営者に深く寄り添える診断士」になるための実践スキルを、9回以上の講義と10回以上のロールプレイで身につけていただけます。
「独立して稼げるか不安」「何を強みにすればいいかわからない」という方こそ、ぜひ一度、無料セミナーに参加してみてください。
取材・文:実践クオリティシステムズ株式会社 ※本記事は本人の確認を経て掲載しています。一部、固有名詞等はぼかして掲載しています。